山積みなインドの問題を解決できれば、世界に通用する大きな機会に

 

Posted on 04 Jul 2019 21:00 in インドあれこれ by Yoko Deshmukh

まさに「どう見るのかはその人次第」ではありますが、それほどのんびりしていられないのも現実です。写真はプーケットの夕景です。



耐え難い酷暑季と、破壊的な雨季、カラカラに乾燥した乾季といった、厳しい気候が大部分を占めるインドに住んでいると、この国の発展の動向が、地球環境の運命を握っているのだろうということを、常々肌で感じる。
何もかもが成熟しているかのように見え、時々帰国して滞在するわたしのような在外日本人にとっては温湯の中にいるような心地よい国、日本と比較すると、やはりインド暮らしはいろいろとしんどいところがある。
そんなインドの大部分が置かれている状態を一言で表す単語とともに、わたしたちの考えるべき道筋を示す論考を、「World Economic Forum」がアップしていた。

If innovators can solve India's problems, they can save the world. Here's why - World Economic Forum

題して、「インドの問題を解決できるイノベーターであれば、世界の救世主となり得る。その理由とは」。

携帯電話から再利用可能なロケットまで、今日のわたしたちは、かつてはサイエンスフィクションの世界でしか考えられなかった発明に囲まれて暮らしている。
技術革新は文明の出現以来、わたしたちの寿命を劇的に延ばすなど、生活水準全般に変化をもたらしてきた。
若い世代は、かつてないほど機械を使いこなしている。
エネルギーの消費量は、莫大な規模に達している。

つまり、イノベーションと第4次産業革命が、フリンジ、つまり辺縁まで行き渡っていないという言い方は厳密には正しくないのだろう。
ただし、ここで言うフリンジでは、圧倒的な力を持つ技術の採用はずっと伸び悩んでいる。
この状況を反対側や、側面から観察してみたらどうだろうか。
フリンジにあるヒトやモノ、コトが、次の大きなアイデアの源になり得るだろうか。

ここで言うフリンジとは何か。
イノベーションの用語では、フリンジはエッジ(Edge)とも言い換えられる。
つまり最大偏差を必要とする事例である。
そして、この記事では広義にインドおよびその亜大陸全体を指すものとする。
インドは発展途上国であると同時に先進国でもあるという尖点にある。
所得の不平等は常態であり、インドで最も裕福な1%が国の総資産の58%を占めている。
インドは地理的多様性以外に多種多様な言語を持っている。
英語話者はインド人口の2%に過ぎず、大半が国内22の主要言語のいずれかを使用している。
結果として、人口の98%以上が、英語でテクノロジーおよびその発露に触れることができていない。
AlexaやSiriなどが浸透に苦戦している市場である。

道路利用上の安全面では、毎年およそ15万人もの交通事故死亡者が発生しており、これは毎日400人前後に上る。

世界で最も著しく搾り取られている原料である地下水は、広く人間の活動の維持に不可欠な資源でありながら、目に見えないばかりか、その供給が当然とみなされがちのため、残量などの正しい認識が遅れる傾向にある。
そしてインドは世界で最も地下水を消費している国であり、その量は世界全体の25%に相当する。

大気汚染も驚くべき速度で進行しており、インド、特に首都デリーでの粒子状大気汚染は常に劣悪な状態である。

こうした環境をフリンジと呼ばないのだとすれば、一体どう呼べばよいのだろうか。
ある角度から見れば、1,600億ドル規模のITサービス業界を擁するインドは、世界のソリューションプロバイダーである。
しかし正反対の角度から見れば、こうしたフリンジ事例が、国家とそこに住む国民を、社会的、経済的、そして技術的に危機に陥れている。

第4次産業革命では、10年前は研究室でしか目にすることがなかったような技術の急伸を目の当たりにした。
人工知能(AI)と機械学習は、生産システムに統合され始めており、インドはフリンジの課題解決に、技術力を必要としている。

この状況で見い出すことができる恩恵はどんなものだろうか。
まず、インドのフリンジ事例がテクノロジーやデザインで解決できる場合、それは世界中どこへでも応用できる可能性がある。
フリンジはエッジの事例や逸脱、混沌の中での秩序を処理し、回帰テストのテストベッドとして機能する。

インドは古代から、革新を率いてきた。
紀元前6世紀または7世紀に生きた偉大な外科医スシルタ(Sushruta)、1,600年前にデリーに建てられ、決して錆びないことから治金学的な驚異とされる鉄柱、そして最近では月と火星のミッションを成功させ、スペースマップに足跡を刻んだことなど枚挙にいとまがない。

さらに適切な言葉を借りるとすれば、インド出身の学者であり、リーダーシップ専門家であるナヴィ・ラジョウ(Navi Radjou)が2009年の本で、一定の社会経済的な問題点に対処するために発案される、シンプルな解決策を指す「jugaad(ジュガール)」という用語がある。
イノベーションを刺激する環境とは、多くの場合、多様性、相互接続性、速度、あいまいさ、および不足などを抱え持つ複雑なものであり、インドは常にそれらのすべてがあふれている。

ラジョウ氏の書籍を題材として、質素な技術革新が真の意味で持続可能なのか、そしてインドが今日の世界に大変革をもたらす能力を持つのかといった論点で、議論は白熱している。
宇宙ミッションは日常生活の基本的なニーズと課題を解決するものではないからだ。

しかし、フリンジにはたくさんの機会もある。
そしてフリンジが、一部の社会経済的な弱者のために考案される、シンプルなソリューションで解決できれば、世界中に拡大する余地は十分にある。

具体的には、次のような機会が挙げられる。

a) 言語
言語は、人と機械を結びつけたい時に、フリンジが抱える最大の課題の1つである。
西側世界の大部分が、AppleのSiriやAmazonのAlexaなどの技術を活用できるようになっている中、インドの人口の98%は、スマートフォンを持っていても、依然として現地の方言で話すのと同じ調子で機械と会話することができていない。
インド諸言語の大規模なコーパスを構築することによって、AIと機械学習を応用しようとする企業はいくつかあり、試行錯誤をしているが、無数の方言を前にして、いずれもうまく行っていない。
だからこそ機会があるとも言える。
サンスクリット語を振り返る必要があるかもしれない。
紀元6世紀ごろに活躍したインドの文法学者パニーニ(Panini)が、サンスクリット語を4,000の規則で形式化しているので、これをインドの現代方言を解釈するための一般的な音訳エンジンとして使えるかもしれない。
その後、テクニックとアルゴリズムを適用し、機械に理解させる。

b) 自動運転
西側最大の自動車メーカーは、続々と自律走行車を開発している。
一方のインドでは、運転はもはや科学ではなく芸術の域に達している。
信号を守る者はおらず、対向車線を逆走してきたり、道路を占拠していたりする、ありとあらゆる(乗り物に限らない)生き物を、巧みにかわさなければならない。
インドに自律走行車を導入しようとすれば、単にAIシステムを搭載すればいいというものではなく、マイクロ秒単位で調整して意思決定する仕組みが必要であり、アルゴリズムの変更が不可欠だ。
そして、そうしたアルゴリズムを考案し、搭載した自律走行車は、世界中のどんな道路でも走れるだろう。

c) フリンジの持続可能性
インドの大気質指数を基礎とすれば、AIと機械学習で気候変動に関する課題のほとんどを解決するための応用の方法を考案できるかもしれない。
加えて、結果として生じたパラメーターは、場合によっては世界各地に新たな方策を提示でき得る。
ドローンでの種まきや、地下水面の予測など、技術を生態学的バランスの維持に活用する機会もある。

機会はあふれており、後はそれらをどう見るかにかかっている。
フリンジにある問題を探し、世界規模に応用するように、イデオロギーを方向付けなければならない。
イノベーションとソリューションは、地域特化型のシンプルなイノベーションである「ジュガール」をきっかけに始まってもよいが、鋭い観察眼で世界規模に広げる必要がある。

今日、インドは変化の断崖に立たされている。
経済状況が好調な中、意志と情熱を持った、注目に値する政府が、グローバリゼーションで世界を縮小しようとする試みを通じて、その国民と世界のために尽くせば、Fringeとしてのインドは現代のイノベーションのるつぼとなり得る。

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About the author

Yoko Deshmukh   (日本語 | English)         
インド・プネ在住歴10年以上の英日・日英フリーランス翻訳者、デシュムク陽子(Yoko Deshmukh)が運営しています。2003年9月30日からインドのプネに住んでいます。

ASKSiddhi is run by Yoko Deshmukh, a native Japanese freelance English - Japanese - English translator who lives in Pune since 30th September 2003.



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