インドと韓国との間の防衛協力関係は仕切り直し必要
Posted on 04 Jun 2019 21:00 in インドの政治 by Yoko Deshmukh
写真は昨年訪れたビハール州パトナ国立工科大学の掲示板に掲げられていた、海軍への勧誘ポスターです。
インドと韓国の防衛協力関係の現状について、日本にも少なからず当てはまるのではないかと考えられる論考を、ソウルを拠点にアジア地域の諸課題を専門家が研究し、提言する活動を展開する「アジアインスティチュート(The Asia Institute)」に関わり活動するラークヴィンダー・スィン(Dr Lakhvinder Singh)氏が「Asia Times」に寄稿していたので、日本も少なからず当てはまる問題だと考えられるので自分の勉強のためにも内容を抄訳したい。
India-Korea defense cooperation needs reboot
4月、韓国政府高官がデリーを訪れ、インド側と防衛産業の協力関係について会談した。ハンファ・ディフェンス(Hanwha Defense)や韓国航空宇宙産業(Korea Aerospace Industries)をはじめとする韓国企業12社を含む、両国を代表する政府および民間企業の代表団が170名も集まり、協議を行った。
このこと自体は非常に稀で、重要な出来事となった。
一方で最近は、このような会談の列席者の大半が、利益の追及にしか関心のない複合企業が占めていることから、韓印の防衛協力において深い戦略的側面は軌道を逸脱している。
この地域での各国の力関係が変化する中で、韓印がアジアの平和と安全保障を維持するためどのように協力できるかについて、権力を持つ側の人間はほとんど実質的な言及をしていない。
パワーシフト
影響力が衰退し続ける米国との同盟関係に対外安全保障をほぼ依存してきた、韓国などの比較的軍備の弱い国は、軒並み新たな安全保障政策を見い出す必要性に迫られている。
地域全体の中堅国同士が、この「変化の数年間」も平和と安全保障を維持するため、画期的な安全保障上の協定に調印し始めている。
不確実で不安定な情勢が台頭する中、インドと韓国は必然的に互いを同盟国としてみなしており、このパワーシフトが実質的に、2カ国をかつてないほど緊密に結び付けている。
いずれも民主主義国家である韓日は、アジア太平洋地域における現状を放置すべきでないという意見で一致している。
(世界各国の輸送船籍の95%が通過する)インド洋における中国海軍の影響力増大は、韓日の経済に深刻な影を落とすだけでなく、両国の防衛責任者の不安を煽るものだ。
インド洋上の海上交通の自由を守るための協力は、韓日の戦略的責務として日々その重要性を増している。
同時に、韓国防衛産業の台頭は、これまでヨーロッパやアジアの防衛関連企業からの供給に頼ってきたインド政府にとっても、その依存関係を緩和する新たな刺激となっている。
したがってインド国防軍の近代化は韓国との緊密な連携関係なくしては語れないものであり、また取引額は成長している。
この数年間だけでも、韓国とインドは数多くの特筆すべき防衛協定を締結している。
その筆頭は155ミリK9ヴァジラ(Vajra)52口径銃を、インドの大手民間防衛関連企業ラーセン&トゥブロ(Larsen & Toubro)と韓国のハンファ・テックウィン(Hanwha Techwin)が共同生産するというものだ。
この協定では合計100本の銃を生産することになっており、純利益は13億米ドルにのぼるものと試算されている。
またインド陸軍(Indian Army)はロシアのツングースカ(Tunguska)M1を含む熾烈な競争を抑えたハンファのK-30 Biho twin 30mm(フライング・タイガー [Flying Tiger])短距離移動型自走式対空機構を採用している。
この取引の総額は、104台のK-30 Biho機構と弾薬車97台、指揮車39台を合計して26億米ドルと見積もられている。
昨年にはインドと韓国は防衛用艦隊の建造に関する二カ国合意に調印、この計画では、艦隊建造での協力を目的とした造船所を互いに指定することになっている。
韓国の航空産業も、この二カ国間防衛協力から得られる恩恵に与ろうと関心を示している。
例えばKT-1初等練習機およびT-50高等練習機に合わせた韓国製FA-50軽攻撃機のインドへの輸出を提唱している。
「Future Ready Combat Vehicle(FRCV)」プログラムなどの長期計画についても、韓国の防衛産業で着手される予定だ。
こうした協定や取引のほかにも、韓国はインドに特化した防衛産業協力関係を確立するための策をいくつも提案している。
最近のものだと、インドの兵力にカスタマイズした兵器などの防衛物資開発のための防衛回廊(defense corridors)を、タミル・ナードゥ州およびウッタル・プラデーシュ州で建設する案などが挙げられる。
実体のほとんどない話し合い
二カ国間の協力は防衛産業ばかりに集中し、より切迫した戦略的側面の熟考がおろそかになっているとの批判を受けて、韓日は新政権発足後のデリーで、「史上初の」国家首脳ナンバー2同士の対話(2+2 secretary-level dialogue)を提案している。
これは、アジア太平洋地域の平和と安定に寄与することをともに目的とする、インドの「Act East」政策と韓国の「New Southern Policy(NSP)」の影響力を一層固めるための意思表示としてアピールされている。
二カ国の政府指導者は、この他にも様々な政治宣言を大々的に打ち上げて、インドと韓国との間の緊密な協力の重要性が増していることを強調している。
こうしたことすべてをもってしても、防衛の最前線では特に成果はなく、両国の戦略的ビジョンにも大幅な相違が依然としてある。
専門家の警告をよそに、韓国とインドは両国の防衛的観点をすり合わせた防衛方針の整合ができていない。
防衛産業の有力者たちが、この地域が直面する安全保障や防衛に関する問題を面と向かって話す場所はほぼない。
インドと韓国との間では、戦略的リーダーシップの考え方に大きな相違が現存する。
大まかに言うと、両国ともに防衛を司る機関は、より広い安全保障目的を達成するためというよりも、ただ大口の事業取引の機会としてしか防衛協力を見ていない。
合同軍事訓練や、研究開発分野での協力は依然としてごく基本的な水準を脱していない。
「ADMM-Plus Maritime Security Field Training Exercise(FTX)」の一環としての海軍演習は、戦略的要素の欠けた水準でしか行われていない。
さらに、いずれの国の首脳陣も、二カ国間の安全保障協定の締結など予定すらしていない。
原点への回帰
20年前に制定された二カ国間の戦略的協力関係の基本骨子によると、アジア地域の平和と安全保障を長期にわたって維持するために、インドと韓国は防衛分野で協力することを期待している。
すなわち当時は防衛産業の協力については検討されていなかった。
しかし韓国の防衛産業が海外市場への参入を開始するやいなや、インドの防衛関連企業をはじめとする実業家は、その恩恵にあやかろうと機をうかがうようになり、こうして二カ国が手を結ぶに至っているのである。
すなわち、インドと韓国との間で交わされるべき防衛協力の概念と方向性は、当初とまったく別のものになってしまった。
率直に言えば、カネがすべてになっているのだ。
防衛協力の戦略的局面について調査研究する研究者や学識経験者は、防衛関連の会議やセミナー、協議に呼ばれることはほとんどなく、代わってこうした場には防衛関連の業者ばかりが跋扈している。
今こそ、こうした利潤追求者からインドと韓国の防衛協力の手綱を、あるべき場所に引き戻す時だ。
包括的な防衛協力関係を育むするためには、段階的アプローチが緊急に必要だ。
現状では、韓国とインドとの戦略思想家らの意識には、大きな隔たりがある。
地域の安全保障に関する筋書き作りから考え方の一致を図り、共通する将来に向けた戦略的ビジョンの集約を目指すべきである。
そうして両国のビジョンが集約したら、防衛方針を整合し、そこで初めて、相互の長期的な戦略ビジョンを強化するための防衛産業からの協力を取り付けることが視野に入るのである。
共通する戦略的ビジョンなくして防衛産業のでの協力に集中することは逆効果となるばかりでなく、長期的には失敗に転じる運命にある。
肥大化する外部の脅威に対峙するための、二カ国間の防衛協力関係上の様々な側面を網羅したより幅広い合同安全保障条約が危急の課題である。
このことに目をつぶることは致命的だ。
インドと韓国との間の防衛協力は利益を追求するためのものではなく、生活を守るためのものである。
このように重要で互恵的な協力関係を単なる商取引に貶めるのなら、その真価は決して発揮されないだろう。
両国民ひとりひとりが注視すべき動向であると強く訴えたい。
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Yoko Deshmukh
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インド・プネ在住歴10年以上の英日・日英フリーランス翻訳者、デシュムク陽子(Yoko Deshmukh)が運営しています。2003年9月30日からインドのプネに住んでいます。
ASKSiddhi is run by Yoko Deshmukh, a native Japanese freelance English - Japanese - English translator who lives in Pune since 30th September 2003.
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