かつて伝説上の動物だった「黒いトラ」に関する研究
Posted on 02 Nov 2024 21:00 in インド科学技術 by Yoko Deshmukh
真っ黒のトラ、見てみたいな。The image is from "The Hindu."
2歳7か月のメスのベンガル・トラが、元の生息地であるマハーラーシュトラ州タドバ・アンダリー・トラ保護区(Tadoba-Andhari Tiger Reserve)から先月28日、800キロ離れたオリッサ州シミリパル・トラ保護区(Similipal Tiger Reserve)に移送された、という話題に興味を引かれた。
What are melanistic tigers? | Explained
トラの移動は、かつては希少とされた暗色の体毛を特徴とするメラニスティック・タイガー(melanistic tiger)の頭数がオリッサ州で急増、その一因とされる近親交配に対処し、遺伝子プールを多様化するためという、同州政府の計画の一環である。
同州森林局(野生生物)の首席保護官であるスサント・ナンダ(Susant Nanda)氏によると、メラニスティック・タイガーの頭数自体は懸念すべきことではないものの、今回マハーラーシュトラ州から移送されるメスが別の遺伝子を持ち込み、近親交配の状況を改善することを期待する。
メラニスティック・タイガーとは、一般的なトラの体毛と異なり、黒地に白とオレンジの縞が入った毛色を外見上の特徴に持つ(擬似メラニスティック)トラで、1700年代までは神話上の存在であり現実にはいないと考えられていた。
やがて最初の目撃談のひとつとして、イギリスの画家であり作家のジェームズ・フォーブス(James Forbes)が水彩画に描いたが、それからさらに2世紀ほどは、地元住民と英国人ハンターのみが知るミステリーに包まれていた。
しかし1970年、米オクラホマ・シティ動物園(Oklahoma City Zoo)のトラが出産した子、そして1990年代にデリーの密猟者から押収したトラの毛皮の色から、ようやく目視で擬似メラニスティックを遺伝子に持つトラの特徴が確認されるようになった。
最近は2017年から2018年にかけ、シミリパル保護区で相次ぎ確認されている。
トラの毛色の変種は、特定の遺伝子の突然変異の結果として生じ、個体により完全な黒色の毛色を持つものもいる。
2021年にバンガロールの国立生物科学センター(National Centre for Biological Sciences、NCBS)が米科学アカデミー(National Academy of Sciences)紀要で発表した研究では、メラニスティック・タイガーの色を決定づける遺伝子が調べられた。
ウマ・ラーマクリシュナン(Uma Ramakrishnan)氏が率いた研究によると、膜貫通アミノペプチダーゼQ(Transmembrane Aminopeptidase Q、Taqpep)遺伝子の変異が色の変化の原因である。
この遺伝子は他のネコ科動物の模様も決定づけ、例えば縞模様が暗かったりまだら模様が多かったりするトラ猫は、この変異遺伝子を持っている。
チーターが幅広くて暗い斑点を持つのも、この変異遺伝子の働きとされる。
色や模様の異常は「Taqpep」遺伝子のうち、遺伝子配列の1,360番目に位置するアミノ酸シトシン(C)をチミン(T)に変化させるミスセンス変異(missense mutation)が原因とされている。
ちなみに、この変異の発生率は、シミリパル保護区の個体群で異常に高くなっており、2021年の調査によると、変異遺伝子の頻度は0.58で、この個体群で生まれたトラがこの変異遺伝子を持つ確率は60%だった。
全27頭中13頭(うちメス7頭、オス6頭)が変異遺伝子を持つ個体だった。
メラニズムのトラがなぜこれほど集中しているのかを調べるため、研究者らがさらにトラの遺伝子解析とコンピューターシミュレーションを用いて調査を進めたところ、それまでの理論であった適応ではなく、遺伝によるものであることがわかった。
つまり、シミリパルに生息するトラの個体群は他の個体群から長期にわたり隔離された状態となっている。
これにより、もともと小規模だった創始個体群の近親交配が進み、突然変異した遺伝子が受け継がれる可能性が高まっている。
この研究ではまた、突然変異が高頻度で出現したり、まったくの偶然によって完全に消滅したりする可能性があることを示唆する遺伝的浮動(genetic drift)の現象も説明している。
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Yoko Deshmukh
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インド・プネ在住歴10年以上の英日・日英フリーランス翻訳者、デシュムク陽子(Yoko Deshmukh)が運営しています。2003年9月30日からインドのプネに住んでいます。
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