「インド人を出稼ぎさせるのではなく現地で人材雇用・育成しよう」ムルティ氏
Posted on 05 Feb 2017 23:00 in インドビジネス by Yoko Deshmukh
他でもないナラヤナ・ムルティ氏が言い切っている点に、インドが持つ計り知れない潜在性が目を覚まし始めた気がします。
昨日、シッダールタが共有していた記事が興味深かったのでご紹介したい。
強硬政策を次々に繰り出しているトランプ大統領が、今度はアメリカ人の雇用を守るためとして外国人労働者の流入を制限すべく、「H1-B」就労ビザの取得要件を厳格化する改正案と提言している。
つまりアメリカに出稼ぎしたいインド人IT技術者にとって、その生命線が危うくなりつつある。
これを受けてインド最大のITアウトソーシング企業のひとつ、インフォシス(Infosys Technologies)の共同設立者で、この国のIT産業を黎明期から築き上げてきたナラヤナ・ムルティ(Narayana Murthi)氏が、「インドIT企業はこの機会に、本当の意味で多文化共生を追求し、本国からインド人を送ることばかりを考えるのではなく、(事業展開している世界各国の)現地で人材雇用をしていくべきだ」と語っている。
Indian IT companies need to stop using H1-B visas: Narayana Murthy
ムルティ氏によれば、「インド人の多くは『簡単な方(soft option)』を選択する傾向にある。多文化共生というのはむろん簡単なことではなく、『かなり難しい選択肢』だ」という。
それでも、「(インドのソフトウェア会社は)アメリカならアメリカ人、カナダならカナダ人、イギリスならイギリス人を募集すること。これが真の多国籍企業となるための唯一の方法だ。H1-Bビザを取得したインド人をアメリカに大量輸送する時代は終わったのだ。例えば、現地の大学から人材を募集し、インド企業に価値付加できるよう育成していくことが必要だ」と、NDTVの取材に語っている。
トランプ大統領による改正法案(Lofgren Bill)では、H-1Bビザ取得要件としての最低年収を、現行の6万米ドルから13万米ドルに倍増することを提案している。
このことは、市場規模1,110億ドル、うち輸出先の62%あまりをアメリカが占めるとされるインドIT産業に、運用コストの圧迫と熟練した技術者の不足をもたらすことになるだろうと、大きな懸念を提起している。
しかしムルティ氏は楽観的だ。
「たとえ米大統領令が成立しても、インド企業がこれまで以上の多文化共生の例を世界に示せるよい機会だと、頭を切り替えた方がいい」
アナリストによれば、米大統領令の成立により、インドIT企業が抱えるH-1Bビザ保有従業員の給与は平均60~70%上昇、5~10%もの利益率圧迫が予想される。
「なぜアメリカ政府の保護主義的姿勢に、インド企業がパニックに陥る必要があるのか。我々は、インド人以外のプロフェッショナルとの協業に慣れ、より多文化的になることを学ばなければならない。インド人以外の人材を最大限に活用し、多文化チームを運営し、文化横断型ルールを構築すること。それが他国の行政命令に左右されない、唯一の方法だ」ムルティ氏はあくまで強気に語っている。
かつて、日本との取引が多く、のちに日系企業に買収されたインドIT会社に勤めていた時、世界一難しい言語のひとつとされる日本語を学ぶ最大の動機が、「日本語が理解できるようになれば、お金がたくさん稼げるから」という人がけっこう多かった。
これは今もあまり変わらない気がする。
その点ではアメリカの場合、言葉の壁がない分どんどんインド人が流入していったのは無理もないし、ビザ要件が6万ドル程度であれば、受け入れる側のアメリカにとってもお買い得感があり双方得だった。
実際にはこの要件を「乱用」して、低スキルのインド人をも大量にアメリカに呼び込んでいた(つまりマージン目的)として、インフォシスやTCS(タタ・コンサルタンシー・サービシズ)といった大企業が訴訟に巻き込まれた例もある。
自国の雇用をまず守ろうというのは、どの国もあって当然だ。
ムルティ氏はIT企業をゼロから起こし、後に一大産業にまで築き上げ、こうした現象をずっと見続けてきた人だからこそ、危機感はずっと抱いていたに違いない。
今こそ、インド人たちが目を覚ます時かもしれない。
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Yoko Deshmukh
(日本語 | English)
インド・プネ在住歴10年以上の英日・日英フリーランス翻訳者、デシュムク陽子(Yoko Deshmukh)が運営しています。2003年9月30日からインドのプネに住んでいます。
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