在米インド親族の帰省
Posted on 17 Feb 2025 21:00 in ASKSiddhiのひとりごと by Yoko Deshmukh
心を開いてさえいれば、他者との関係は時間の流れとともに変化し得ることを教えてくれたのもAダダのように思えます。
シッダールタいとこAダダは公務員の父と専業主婦の母との間に生まれ、マハーラーシュトラ州東部の都市ナーグプルの中流家庭で育った。
フィットネスやボディビルディングに精通し、ある時期にはボリウッド俳優のトレーニングも担当していた。
「いつかインドを出る」という願望を常に持っていた彼は30代のはじめごろ、現在のマッチングアプリに相当する婚活サイト「Shaadi.com」でアメリカ在住のインド人女性を探し出して結婚、渡米してグリーンカードを取得し、早々と夢を叶えていった。
その女性との結婚式の際、われわれが今も住んでいる1BHKの狭いアパートに、出席のため田舎から出てきた親族ほぼ全員にあたる16人が押しかけ、1週間以上の雑魚寝生活を強いられたことは、私にとって想像を超える負担であり、インドの親族付き合いの重圧を強烈に体験する引き金となった。
しかも女性陣には子供を含む人数分の食事を毎日3食準備することが当たり前に求められ(当時は現在のように便利なフードデリバリーサービスもなかった)、家族の集まり事で女性に期待される不平等なまでの役割の大きさを目にした。
この出来事はいまだに私のインド生活の原点として、強いトラウマとともに記憶に残っている。
さらに当時は、インドで苦労する私をよそに、グリーンカードを持つ女性と結婚したことでアメリカへと渡ったAダダの行動が、どこか戦略的に見えてしまい、複雑な感情を抱いていた。
しかし渡米後、普段はめったに連絡をくれないAダダも、ナーグプルに帰省した折にプネーへ立ち寄る際は必ず顔を見せてくれるようになった。
そうした再会を重ねるうち、いつしか彼は「どうしても悪い経験を思い出させる存在」から、「会うのが楽しみな『お兄さん』」へと変わっていった。
最近ではインドの親族たちから以前より理解を示される機会が増えたこともあり、Aダダのことを「お気に入りの親戚」の一人と受けとめられるようになっている。
先日も、ほぼ10年ぶりにAダダ一家がプネーに立ち寄り、再会することができた。
現在もロサンゼルスのハリウッドでセレブを含む顧客を持つトレーナーとして活躍しており、山火事で家を失った顧客がいる話や、地震の多い土地柄で豪邸ですら建築材がベニヤ板なのだと聞いて驚かされた。
妻のSさんも相変わらず度量が広く、明るくて素敵な女性だ。
成長してすっかりヤングレディーになった娘のSちゃんは、これから進学する大学で心理学を専攻する予定だという。
アメリカ育ちでマラーティー語が話せない彼女とは、親近感を共有する特別な交流が生まれており、「トランプまた戻ってきたね」という話題への茶化し合いや、「ロサンゼルス空港はボロすぎるからプネーの旧ターミナルのほうが100倍マシ」と親子そろって快活に話す姿に、私のほうがむしろ心を軽くしてもらっている。
そんな一家との交流は、当初のトラウマに結びつくイメージを払拭し、いまでは大切に思える時間へと変化した。
そして12月にプネーで再び会えると聞いているので、今度はどんな話が飛び出すのか、今から楽しみに待っているところだ。
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Yoko Deshmukh
(日本語 | English)
インド・プネ在住歴10年以上の英日・日英フリーランス翻訳者、デシュムク陽子(Yoko Deshmukh)が運営しています。2003年9月30日からインドのプネに住んでいます。
ASKSiddhi is run by Yoko Deshmukh, a native Japanese freelance English - Japanese - English translator who lives in Pune since 30th September 2003.
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