At Delhi station, waiting for Shatabdi Express to Agra.
♪チャチャーーー♪
早朝のデリー駅プラットフォームに突如鳴り響くのは、妙に耳に馴染みのある、むやみに軽快な、あの音。
続いてヒンディ語と英語で、列車の発着を告げるアナウンスがやかましく流れる。
どなたかが教えてくれて、思い出した。
そのサウンドとは、まさにあの懐かしい「Windows 98」の起動音なのだ。
首都デリーとマディヤ・プラデーシュ州の州都ボーパール(Bhopal)を結ぶ、シャータブディー特急(Shatabdi Express)に乗って、これからタージ・マハル(Taj Mahal)はじめ世界遺産あふれる街、そして観光客にとっては油断ならない戦(いくさ)の地、泣く子も黙るアーグラー(Agra)へ向かおうとする、わたしの緊張感を、ほどよく脱力させてくれる。
デリー駅がなぜ、「Windows 98」の起動音をアナウンス予告音に採用したのかは、21世紀のインド文明最大の謎だ。
2015年8月中旬、インド在住12年目にして初めて、首都デリーからこのシャータブディー特急に乗って、アーグラーを訪ねる旅をした。
ちなみにシャータブディー特急の座席予約は、プネの知っている旅行会社にお願いして手配してもらったが、デリー訪問時にプライベート車のチャーターと、デリー駅との送迎で2日間お世話になった、シゲタトラベルさんでも、チケットを手配してくれる。
この列車はデリーとアーグラーとの間を片道2時間半で繋ぎ、しかも日帰りで往復できるような時刻体系となっている、いわゆるエグゼクティブ扱いの列車となっており、したがって全車両空調つきとなっている。
実際に乗ってみた感想はといえば、まさに愉快そのものだったので、こちらも近日中に詳しくリポートしたい。
午前6時の発車時刻に合わせてシゲタトラベルさんのタクシーをお願いしていたので、15分前にはデリー駅に滑り込んだ。
モンスーン季も終わりに差し掛かった8月、デリーの気候はプネよりもだいぶ蒸し暑い印象があったが、朝晩はさすがにひんやりと気持ちのよい空気に包まれる。
駅には、身なりが良く年配の方が目立つツアー客とおぼしき人々から、大きな荷物を背負って颯爽と歩くバックパッカーまで、たくさんの外国人観光客が、わたしたちと同じ列車を待っていた。
空はまだ深い藍色で、プラットフォームにはこうこうと照明が灯っている。
目を凝らして線路を見ると、薄暗がりには大きな灰色のネズミさんたちが、せわしく動き回っている。
プラットフォームには、赤ん坊や幼児も含む国内旅行者たちが雑魚寝している一角があちらこちらにある。
大きな街の駅には列車の接続を待つ間、旅行者が仮眠を取れる「リタイアメント・ルーム(Retirement Room)」と呼ばれる簡易宿泊設備が併設されているが、総じて寝台の数が少なすぎることと、そもそも貧しくて利用料が払えない人たちが大勢いるのだ。
広い国土を結ぶインド国鉄(Indian Railway)は、LCC(Low Cost Carrier:格安航空会社)の急速な台頭など国内線の空路が充実してきた昨今ではあっても、まだまだ国民や観光客にとって重要な足である。
その割には鉄道設備の老朽化が放置されており、衛生面でも、列車が到着するたびに「疾走するトイレ」そのものといった強烈な悪臭が漂うことから、わたしはいまだに駅独特の「ニオイ」に慣れることができない。
NDTVの報道によれば、インド鉄道は2012年から2017年までを期間とする第12次五カ年計画の間、現在実行中の569.3億ルピー分を含めた1400億ルピーの予算を投じ、官民パートナーシップ(Public-Private Partnership)による鉄道近代化プロジェクトを遂行している。
ここで言う近代化には、全国400箇所の主要鉄道駅の改装はもちろん、グジャラート州マンドラ(Mundra)やカルナータカ州マンガロール(Mangalore)といった重要な港湾部を中心に繋ぐ、合計1030キロの鉄道延伸が含まれる。
この一連の鉄道近代化については、今年9月に我らが日本政府も、高速鉄道の誘致や「ニオイのしない、水を使わなくても衛生的に処理できる車内トイレの開発」も含め、資金協力に合意している。
折しも12月8日付け日経電子版で、ムンバイー・アーメダバード間の新幹線採用が報道されていた。
広い国土を列車で旅する体験は、州をまたげば駅名の看板に表記される言語が変わり、そしてプラットフォームで調理販売される熱々の軽食も、北部であればカチョーリー(小麦粉の皮の中に豆などの辛いペーストを巻き込み、油で揚げたスナック)やパラーター(ギーを多めに使った平パン)、南部になっていくとイドリー(米粉と豆粉を組み合わせた生地を発酵させ、蒸したパン)やドーサ―(同じ生地をクレープ状にフライパンの上で伸ばして焼いたもの)など、ご当地ならではのラインナップになっていき、とても楽しいもの。
なにせインド鉄道は、北はジャンムー・カシミール、はるかヒマラヤ山脈の高地から、南はアラビア海、ベンガル湾、インド洋が出会う場所カニャークマリまで、母なるガンガーよりもずっと壮大に、国土をすみずみまで流れる「人の川」なのだ。
さあ、シャータブディー特急に乗り込み、アーグラーへ出発しよう。
(続く)
「Bhopal Shatabdi」と表示された電光掲示板
活気あるデリー駅のプラットフォーム
滑り込むシャータブディー特急