母国語での読み書きが不自由な若者が急増する中で、思考のありかを考える

 

Posted on 01 Feb 2018 21:00 in インドの政治 by Yoko Deshmukh

昨年の大晦日に観た、シュリ・デヴィさん主演「English Vinglish」の中で、英語ができない母を娘がバカにする場面がありましたが、あれは誇張でもありませんでした。



インドは連邦予算の発表中で、テレビニュースでも予算関連や税金の動向に関する報道がたけなわだ。
特に医療費に関する項目では、「キャッシュレスの支払いを実現するためのインフラ作り」を掲げる保健・家族福祉省に、「そんなことより僻地に病院や診療所を建てて、医療サービスを行き渡らせるのが先だろう」との突っ込みが入っている。

同じく、学校の数も圧倒的に足りていないインド。
しかも都市部ではイングリッシュ・ミディアム(英語を媒体言語とする教育を実施)学校が目立ち、シッダールタ姪のラーダちゃんなどは、母語でありながら「マラーティー語で書かれた文献はまともに読めない。周囲の友達もそんな感じだ」などと笑いながら話す。

ならば英語が何不自由なくペラペラなのかと言うと、わたしの周囲を見ていると、そうでもないと思う。
読書もあまりせず(比較的恵まれた家庭環境にあるほど、スマートフォンばかりいじって友達とのコミュニケーションに夢中で、読書をあまりしない傾向にある)、しかも外国人などいない田舎町の出身で英語圏の人と触れ合う機会が少なければ、脳内の言語まで英語になるわけではないので、マラーティー語から英訳された感じの言語を話す人が多い。
もちろん、それでも日本人のような苦手意識を持っている人は少ないから、仕事をするようになって、その職場が海外との取引もあって、英語で発言する機会が豊富にありさえすれば、水を得た魚のように英語は上達していくのだが。

このようにしてインド言語は、もうかなり以前から加速度的に存続の危機に立たされている。
そして、よりよい就職機会を得るためだけに第二外国語を修得しようとする人はどんどん量産されているものの、これは果たしてインドにとって明るい未来に繫がるのだろうか。
ネイティブ言語すらスムーズに読み書きできない子に、まともな思考ができるのか、という根源的な問いが浮かんでくるのだ。

今まさに、先月のプラシャント・パルデシ(Prashant Pardeshi)教授の講義内容が蘇る。

国立国語研究所プラシャント・パルデシ教授、プネーで講義

パルデシ氏がインド全土やバングラデシュなどを周り、それぞれの言語が持つ深いダイナミズムについて興味関心を喚起する講義を続けているのは、もしかしたらこのような危機感が根底にあるのかもしれない。

本日付の「The Times of India」では、ちょうど存続の危機にあるマンガロール近郊の村の学校へ、片道60キロの道のりを、バスを乗り継ぎながら毎日、2人の娘を送り迎えし、通わせ続けている母のストーリーだった。

Kid, mom travel 60km a day to save Kannada school - The Times of India

最初は単純に、子供たち教育を受け続けさせるために懸命な努力をする母親の格闘を紹介するストーリーかと思っていた。

実は母娘が毎日通っているのはカンナダ・ミディアム(カンナダ語を媒体言語とした教育)学校で、近隣の住民は女児を(教育を施すことは無意味だとして)学校に通わせないなどの慣習が根強いこともあり生徒数は激減、現在の在校生はたった4人になってしまった。
日雇い労働で生計を立てる母は、せめて自分の娘たちには教育を受けさせたいと、毎日片道1時間かけて送り迎えして学校に通わせている。
学校に送ったらそのまま仕事へ出掛け、夕方はまた迎えに行くというハードな生活だ。
1日のバス代は70ルピーで、一家にとっては大きな出費だ。

実際にはこの地域にはイングリッシュ・ミディアム学校が増え続けており、カンナダ・ミディアム学校は減少傾向にある。
はっきりとは書かれていないが、母娘は不器用ながらも、必死でカンナダ・ミディアム学校の存続を繫ぎとめようとしているのだろうか。

インドが抱える問題は、あまりにも大きく、あまりにも深く、単純な方策でスッキリと解決するなどということはあり得ない。
しかし思考をし続けよという訓練を、いつも与えられる。





      



About the author

Yoko Deshmukh   (日本語 | English)         
インド・プネ在住歴10年以上の英日・日英フリーランス翻訳者、デシュムク陽子(Yoko Deshmukh)が運営しています。2003年9月30日からインドのプネに住んでいます。

ASKSiddhi is run by Yoko Deshmukh, a native Japanese freelance English - Japanese - English translator who lives in Pune since 30th September 2003.



Share it with


User Comments