パスポートをなくした話

 

Posted on 05 Feb 2016 23:00 in ASKSiddhiのひとりごと by Yoko Deshmukh

このようなことが、まるで当たり前のように身の上に起こるので、わたしにはとてもインドに「泥棒大国」だなどというレッテルを貼ることはできません。



*In front of Pune Station

お恥ずかしいことだが、わたしは日常生活において、かなりぼんやりしたところがある。
日本でもどこか他の国でも、貴重品を置き忘れたり、落としたりして真っ青になった経験は数知れない。
しかし幸運なことに、いずれのケースも全財産を失うような大事に至らず、親切な人々や堅牢な仕組みに救われてきた。

インドでも同じく、パスポートから現金、買ったばかりの携帯電話などを、旅行中のバスや乗車したオートリクシャーに落としてしまったり、置き忘れてしまったりしたことが何度もある。
しかし、たった1度の例外を除いては、それらは奇跡的にすべて、わたしの手元に戻ってきた。

2002年初頭、初めてのインド滞在の時、ムンバイを数日観光した後、ゴアへ列車で移動し、1週間ほど浜辺でのんびりしてから、ステート・トランスポート(州間連絡バス)でプネに戻る、という旅行をした。
ちょうど、日本への帰国予定日の1週間ほど前だったと思う。
マハーラーシュトラ州にある巡礼地のひとつ、シルディ(Shirdi)を最終目的地とする、そのバスは、早朝5時ごろにプネに到着した。

滞在先に戻ってみると、パスポートと現金の入ったポーチがない。
そのポーチは、日本の旅行用品売り場によくある、ズボンに留め具で固定して服の下に隠すタイプのもので、どうやらバスの中で眠っていた間に、留め具が外れて落ちてしまったようだ。

あわてて、降りた場所であるプネ駅前のバスターミナルに引き返し、事情を説明すると、職員たちがすぐに手分けをしてバスの停車地すべてに連絡を取り、「見つかったら確保しておくから、心配しないで夕方にまた来なさい」と言ってくれた。
携帯電話も現在ほど普及していなかった時代だ。

しかし、わたしは職員さんの言葉を信じてすっかり安心し、滞在先に帰って睡眠を取ることにした。
もし見つからなかったら、まず面倒な現地警察での紛失届け出を行い、続いてムンバイ総領事館にて急きょ再発行の手続きを行わなければならず、最悪の場合、帰国便に間に合わなくなり、高額な片道航空券を買い直さなければならない事態を招くかもしれないにもかかわらず、である。
当時のわたしは大学を休学した無職であり、インドに来るための渡航費用も半年あまりのバイト生活で、ようやく捻出した身の上でありながら、である。

ところが夕方、ターミナルを再び訪れると、乗っていたバスの車掌さんが、わたしが座っていた座席付近で、それらしき黒いポーチを見つけたので中身を確認したところ、パスポートは言うに及ばず、5000ルピーあまり(当時のレートで1万5000円ぐらい、これは現在でも多くのインドの人にとって、月給に相当する額)の現金も無事という驚くべき吉報が届いていた。
「それでは、最終目的地のシルディまで取りに行きます」と申し出たら、「なぜその必要があるか。どうせバスはまたプネを通ってゴアに戻るし、同じ車掌が乗務することになっているから、あなたはここでパスポート入りのポーチが届くのを待っていればいい」と言う。

それならと、お言葉に甘えて駅付近の茶店で待つことにして、「お礼に渡す金額はいくらぐらいが相場なんだろう」などと、ぼんやり考えていた。
ほどなくして、車掌さんらしき人と職員さんが、問題のポーチを持って現れた。
もちろんパスポートも、現金も、スーツケースのカギも、中身はそっくりそのままだった。

感動したわたしは、「あの、心ばかりのお礼を、、、」と、深い感謝の気持ちにはとても及ばないながらも、ホストファミリーとも相談し、わたしとしては精いっぱいだった500ルピーずつを手渡そうとしたら、なんと2人とも全力で受け取りを辞退するではないか。
「その代わり、お茶をごちそうしてください」ということになり、1杯4ルピーのチャーイを一緒に立ち飲みしながら、日本の話や、これまでの初めてのインド旅行での体験話を、拙い英語で語るのに、一生懸命に耳を傾けてもらった。

わたしにとって、インド体験の一切が、ここに集約されると言ってもいい。


これが当時使っていたパスポートポーチ。
いま検索したら、まだ売っていたが、わたしは購入をおすすめしない。






About the author

Yoko Deshmukh   (日本語 | English)         
インド・プネ在住歴10年以上の英日・日英フリーランス翻訳者、デシュムク陽子(Yoko Deshmukh)が運営しています。2003年9月30日からインドのプネに住んでいます。

ASKSiddhi is run by Yoko Deshmukh, a native Japanese freelance English - Japanese - English translator who lives in Pune since 30th September 2003.



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