自分の人生に大切なもの、それ以外のもの

 

Posted on 25 Jul 2018 21:00 in ASKSiddhiのひとりごと by Yoko Deshmukh

無駄なことに気をもんで、自己嫌悪に陥って落ち込むのは、時間の無駄なので、もう辞めます。



最近、誕生日を迎えたこともあり、これからの人生を本当はどう過ごしていきたいのか、色々と考えている。

今年3月にインド親族との突然の悲しい別れがあってから、人生はいつ幕を閉じるのか誰にも分からないという事実を、極めて鮮烈に体験し、強く刻み付けられた。

一方で、彼の残した妻(義理の妹)やその娘たち(義理の姪)のこと、特に2年前に自分が日本に連れて行ったことがきっかけで、昨年から親元を離れてプネーで大学に入りなおし、日本語を学んでいるRちゃんのことに、強い責任感を抱いていた。

実際には、彼の死で最も大きく変わったのは、急に母子家庭となり生活面で大きなインパクトを受けることになった高校生の妹Sちゃんの方で、Rちゃんの勉学姿勢や生活態度、将来に対する計画は、3カ月もの長期一時帰国を経て再会しても、さほどの変化が見られない。
ただし、わたしが感じられないだけで、彼女なりに深く考えているところはきっとあるに違いない。

もともとRちゃんは、アドバイスや激励を一応は聞いてくれるが、実際の行動となると学校の友達や先輩などから入手した情報の方に従うタイプだった。
それは、わたしが信頼されていないということではなく、比較的恵まれた若者というのは、将来どうなりたいか、どう生きていきたいのかについて定まっておらず、むしろ周りの環境に身を任せ、可もなく不可もない無難な道を選びたがるのであり、固い意思を持って突き進むような人は少数派なのだ、ということを、ようやく思い出した。

プネーを離れている期間も長いし、またこちらの日本語学習周辺事情に詳しくもないわたしは、これ以上の口出しをするのは「年長者のエゴ」の押し付けになりそうなので自粛する。
そして既に成人済みの彼女に対しては、必要とされた時にのみ支える役割に徹し、何か聞かれるまでこちらから何も言わないことに決めたら、だいぶ肩の荷が下りた。

そして父が死しても、さほどの危機感を抱くことなく、予定通りのペースで勉学や暮らしを続けているRちゃんの姿こそ、祝福すべきことなのであり、わたしたちのハードワーキングを自画自賛したい。

残り少なくなるばかりの人生の持ち時間。
彼のように突然、何の前触れもなく終わってしまうことだってあり得る。

限りある時間、他人軸でモノを考えている暇はない。
常に自分軸で考え、都度納得のいく選択をし、行動していかねばならない。
周囲の人に自分の気持ちを伝えることも忘れてはならない。

なお、実はインドが好きだったことは一度もなかったし、今も好きだとは言えない。
だからと言ってインドを離れて暮らす、という選択肢には魅力を感じないのである。

今後もインドの何もかもを受け入れることは無理なので、時々は日本に戻って「2つの祖国」を満喫したり、好きな国にしばらく滞在したりと、それぞれの土地の好きなところを味わって暮らしていく態度となるだろう。

これまで生活や時間に余裕なく突っ走ってきたが、引き続き余裕はないなりにも少し減速し、人生の棚卸しを始めたい。
そして無駄を省き、インドに住む者なりのとびきり楽しい人生設計を組み立て、発信することで、地球上で暮らす場所を探す、どなたかのヒントになればうれしい。






About the author

Yoko Deshmukh   (日本語 | English)         
インド・プネ在住歴10年以上の英日・日英フリーランス翻訳者、デシュムク陽子(Yoko Deshmukh)が運営しています。2003年9月30日からインドのプネに住んでいます。

ASKSiddhi is run by Yoko Deshmukh, a native Japanese freelance English - Japanese - English translator who lives in Pune since 30th September 2003.



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