わたしは4歳ぐらいの時から、まずオルガンを、続いて当時たまたま近所だった方から譲っていただいたエレクトーンを、17歳まで習っていた。
うち、エレクトーンは福岡市の西新にあったヤマハ音楽教室に通い習っていたが、新しい機種が発売されるたび、教師に買い替えを勧められる商業主義丸出しなところに、子供ながらに嫌悪感を抱いており、ピアノへの移行をずっと憧れていた少女時代であった。

あと少しでヤマハ講師の資格を取得できるかもしれないというところで、大学受験準備に向けて勉強が忙しくなり、辞めてしまった。
以来、20年近くのブランクを経て、5年ほど前に当時まで勤めていたプネーのソフトウェア会社を退職し、フリーランスになることで、時間がある程度自由になったことをきっかけに、コレガオン・パーク（Koregaon Park）の「Furtado」という楽器ショップでヤマハの電子ピアノ、「クラビノーバ（Clavinova）」を10万ルピーで購入した。
以来、好きなショパンやベートーベンの楽曲をはじめ、日本から買い込んできたり、プレゼントでいただいたりした、ポップソング集などの楽譜をひとり、毎日30分以上を目安に黙々と練習している。

しかし、誰も聴いてくれる人のいない、孤独な練習は寂しいものだ。
難しい曲は、途中で挫折してしまいがちなのが悩みだった。

そんな折、夫の駐在に帯同してきたというカナダ人の主婦、Mさんが、ピアノのレッスンをしていることを、おなじみ「Pune Expat Club」の掲示板で知ったのが、昨年8月ごろのことだったろうか。
以来、月に1回くらいのペースで、ピアノを習っていた。
主に講師と生徒という間柄であり、たまにランチをともにしたりしたことはあっても、決して非常に親しく付き合っていたということはない。

ところでわたしは、先週から福岡に一時帰国をしているのだが、なんとこのMさん、ほぼ初めての日本旅行を、わたしがちょうど日本にいるからという理由だけで決めてしまった。
なんでも、わたしも一緒に日本中を旅して周るものと密かに期待していたようだが、フリーランス稼業は一時帰国中も仕事がきっちりあるので難しい、と断ったら、次に福岡の実家に1週間ほど滞在したいとおっしゃる。
せっかく短い休暇を取って、わざわざ日本に来るのに、福岡市郊外のド田舎に埋もれることもなかろうと、かなり強引に「Japan Rail Pass」を購入してもらい、「東京から南下して最後の2日間だけ福岡に来てください」ということにしてもらった。

そのようにして東京、横浜、芦ノ湖、京都、奈良、大阪と旅をしたMさんが、福岡にやってきたのは、わたしがプネーから到着した日の翌日だった。

Mさんを実家に泊め、案内させてもらった2日間は、定番の大濠公園はもちろんのことだが、行きつけになっている博多駅前の銭湯にお連れしたり、昨年プネーに来てくれた友人Rさんとの居酒屋飲みなど、けっこうな珍道中だったと思うのだが、おしゃべり好きな彼女の話に終始ずっと耳を傾けつつ、マイペースで過ごすことができ、蓋を開けてみれば大変楽しいひとときだった。

日曜日の晩、翌朝の東京・羽田行きのフライトが早いため博多駅近くのホテルに泊まることになったMさんを見送った後の電車の中で、こんなわたしを信頼してくれた彼女に対して、あらためて感謝の気持ちが湧いてきた。
そして、まったく疲労を感じることなく、むしろ元気をもらえた理由を考えてみた。

Mさんは、人生が短いことを知っていて、一瞬一瞬を心から楽しんでいる。
Mさんは、自分が大好きで、また絶大な自信を持っている。
Mさんは、堂々としている。
Mさんは、やりたいことを遠慮しない。

そんな人は、自分の人生を楽しめるだけでなく、周囲の人にまでパワーを与えることができるのだとしたら、見逃せないな。