2005年ムンバイ・マハーラーシュトラ州豪雨から12年

 

Posted on 26 Jul 2017 23:00 in インドあれこれ by Yoko Deshmukh

荒れ狂うムラ・ムター川の濁流の恐ろしさを、忘れることはありません。しかし15年も住んでいると、実際いろいろなことに遭遇していたんだな。



※写真はリスボンを流れるテージョ川。
赤い橋は4月25日橋。2016年11月。
 

何気なくネットを巡回していたら、本日7月26日は、2005年のムンバイおよびマハーラーシュトラ州大洪水から12年目だったことを思い出させてくれる記事と出会った。

26/07 - Remembering The Tragic 26th July 2005 Maharashtra Flood - City Truths

この記事に掲載された写真を見ると、当時の記憶がありありと蘇る。
詳細はWikipediaにもまとめてあった。

Maharashtra floods of 2005 - Wikipedia

この時、プネーを流れるムラ・ムター川も氾濫一歩手前まで大増水し、バン・ガーデン橋(Bund Garden Bridge)橋げたのすぐ下を濁流が猛スピードで流れていたことを、昨日のことのように思い出す。
バン・ガーデン橋のたもとを通る、小さなガート(河川敷に設けられた寺院や祭祀場)は完全に水没していた。

それでも、稀な非常事態を一目見ようと、多くの人たちが、完全に危険なレベルまで水位が上がった川べりすれうれまで、身を乗り出すようにして見物していた。
いつ、この川があふれてもおかしくない。
わが家は、川から200メートルぐらいしか離れていないこともあり、肝を冷やしたものだ。

同じ時、ムンバイーでは、24時間で994ミリという記録的な豪雨により、市街中心部があっという間に最大2メートル近く冠水し、逃げ遅れた多くの人が命を落とし、また住む家を失った。
排水システムが劣悪で、ところどころ詰まり、機能していなかったことが、被害を大きくした。

雨が止んでも道路の冠水がなかなか引かず、下水道はあふれ、また動物の死骸などが浮いたままの状態で放置されていたため、病気の流行という二次災害も発生した。

結局頼りになったのは、自宅取り残された人に筏を漕いで食糧や医薬品を届けたり、車に閉じ込められた人を協力して助け出したりといった、ボランティアや住民同士の善意による助け合いだった。
しかし当時の大災害の教訓が、現在のムンバイーの道路状態や排水機構に活かされているとは言い難く、目立った対策が取られていないのが実情だ。
数日前にご紹介した「ソヌ・ラップ」は、まさにそのことをネタにしているのだ。

ムンバイーやプネーのお茶の間を巻き込む大センセーション!必見!!抱腹絶倒の「ソヌ・ラップ」 - ASKSiddhi

このほか、マハーラーシュトラ州沿岸部のコンカン(Konkan)地方や、ゴア州の一部でも、洪水被害が多数報告され、一部の村は孤立した。






About the author

Yoko Deshmukh   (日本語 | English)         
インド・プネ在住歴10年以上の英日・日英フリーランス翻訳者、デシュムク陽子(Yoko Deshmukh)が運営しています。2003年9月30日からインドのプネに住んでいます。

ASKSiddhi is run by Yoko Deshmukh, a native Japanese freelance English - Japanese - English translator who lives in Pune since 30th September 2003.



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