ドイツから日本へ、Uボートから旧日本海軍潜水艦に乗り継ぎ旅したボース生誕120周年

 

Posted on 24 Jan 2017 23:00 in インドの政治 by Yoko Deshmukh

ボースには様々なミステリアスな逸話があり、興味関心がかきたてられます。



インド独立運動の闘志として、第二次世界大戦中のナチス・ドイツや大日本帝国からの協力を得て、当時インドを植民地としていた大英帝国との武力闘争を図っていたスバーシ・チャンドラ・ボース(Subhas Chandra Bose)の生誕120周年だった昨日、「The Better India」では、ヒトラーに失望して、潜水艦と大日本帝国海軍艦隊とを乗り継ぎ、日本へ渡航したストーリーが紹介されていた。

The Fascinating Tale of Subhash Chandra Bose’s Secret Submarine Journey from Germany to Japan - The Better India

記事によれば、ボースはドイツに亡命政府を樹立し、エルフィン・ロンメルの指揮するドイツアフリカ軍団(Deutsches Afrikakorps)に捕らわれたインド人戦争捕虜5万人を、当時最高水準と考えられたドイツ軍のもとでエリート戦闘員として訓練することを計画、1941年4月にドイツに渡った。

しかしヒトラーによるインド独立支援の確約が得られず、思惑の違いから失望、1942年末に、当時ビルマ(現ミャンマー)を占領しつつあった日本を目指すことにした。
旧日本軍の侵攻により、多くのインド人兵士(ジャワンまたはセポイ)が戦争捕虜となっており、ボースの目的は彼らに会うことだった。

ドイツ北端のラボエ(Laboe)から、バルト海に突き出すフィヨルドの入り江の凍り付いた海に浮かぶ潜水艦、「Unterseeboot 180(U-180、通称Uボート)」に乗り込んだボース。

やがて1943年4月21日の夜明け近く、マダガスカルの南西400マイルで待機していた旧日本海軍の潜水艦「伊号第二十九潜水艦(リンク先にもボースと海軍兵との写真あり)」に乗り換えたボースを、船長をはじめ船員たちは手厚く処遇、マレーシアのペナンに寄港した折には、インド産の香辛料を大量に買い込み、ボースと秘書のハッサン氏に辛いカレーをふるまったという。

ボースの生涯にがぜん興味が湧いたので、Wikipediaの参考文献を辿ると、関西大学学術リポジトリに次の資料が公開されていた。

伊号第29潜水艦とスバス・チャンドラ・ボース - 関西大学学術リポジトリ






About the author

Yoko Deshmukh   (日本語 | English)         
インド・プネ在住歴10年以上の英日・日英フリーランス翻訳者、デシュムク陽子(Yoko Deshmukh)が運営しています。2003年9月30日からインドのプネに住んでいます。

ASKSiddhi is run by Yoko Deshmukh, a native Japanese freelance English - Japanese - English translator who lives in Pune since 30th September 2003.



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